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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)1198号 判決

原告 中村清衛

右訴訟代理人弁護士 河野嘩二

被告 武田芳雄

右訴訟代理人弁護士 畠山国重

同 星野卓雄

主文

一、被告は原告に対し、金一五二、〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年二月二二日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決は、原告が金五万円の担保を供すれば、仮に執行することができる。

事実

一、請求の趣旨

主文同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求める。

二、請求の趣旨に対する被告の申立

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

三、請求原因

1、原告は被告に対し昭和四二年六月二〇日、金一五二、〇〇〇円を弁済期同年八月二三日の約定のもとに貸し付け、その方法として、左記の約束手形一通を被告に交付した。

金額   金一五二、〇〇〇円

振出人  中村佳子(原告の妻)

支払期日 昭和四二年八月二五日

2、被告は、訴外武田秀芳から右手形の割引を受け、手形金額相当の現金を入手した。

3、しかるに、被告は、右消費貸借契約の弁済期たる同年八月二三日までに右債務を弁済しないので、原告は、訴外武田秀芳との間で手形の書替えをなし、支払期日を同年一〇月二五日とし、その他の内容は前記手形と同額の約束手形を交付した。

4、右書替え後の手形は武田より訴外吉川忠平に裏書譲渡されたため、同人から中村佳子に対して東京地方裁判所昭和四三年(手ワ)第一九二号約束手形金請求訴訟を提起し、右吉川の勝訴判決確定の結果、佳子は右手形金額と同額の債務を負担するに至った。

5、よって、原告は被告に対し、元金一五二、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四三年二月二二日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四、請求原因に対する答弁および主張。

(一)1、請求原因1の事実のうち、被告が原告主張の約束手形の交付を受けたことは認めるがこれは被告が訴外株式会社武田園芸の代表取締役として、同会社あてに振出された右手形の交付を受けたものである。その余の事実は否認。

2、請求原因2の事実中、右手形が武田秀芳から割引を受け現金化されたこと、および、4の各事実は認める。

(二)  原告が本件金員を貸金として請求できるには本件手形を所持人に支払った場合であって、現実の出捐行為がないのに請求できるはずはない。しかるに、原告は前記手形の所持人に対して、支払をなしていないのであるから、本件請求は理由がない。

五、右主張(二)に対する原告の答弁

被告の右主張は争う。原告は妻佳子が債務を負担させられ、一方被告は吉川から手形の償還請求も受けず依然その利益を保有しているのであるから被告の主張は失当である。

六、証拠≪省略≫

理由

一、被告が昭和四二年六月二〇日、振出人中村佳子(原告の妻)、金額一五二、〇〇〇円、支払期日同年八月二五日なる約束手形一通の交付を受けたこと、右手形は訴外武田秀芳から割引を受け現金化されたこと、原告と武田との間で右手形を支払期日を同年一〇月二五日とする手形に書替えをしたこと、右書替後の手形は武田から訴外吉川忠平に裏書譲渡されたため、同人より佳子に対する原告主張の手形訴訟において、佳子は右手形金を支払うべき旨敗訴の確定判決を受けたこと、はいずれも当事者間に争いがない。

二、右取引の性質、効果は後に述べることとし、まず取引の当事者について考えるに、

(イ)  原告は妻佳子振出名義の手形を交付しているけれども、原被告各本人尋問の結果によれば、原告は以前から被告に対し融通手形交換の方法などで融資したことがあること、本件の場合、原告が、取引口座を有する佳子の承諾を得て金融取引の用に供したもので、原告は佳子の代理人等でなく独自に行動したことが認められ、それに成立に争いない甲第六号証(原告本人尋問の結果により、昭和四二年八月原告が被告に佳子名義の七万円の小切手を交付して割引の用に供し、本件の減縮前の請求となり、その後被告が原告あてに右金額を供託した供託通知書であると認められる。)を考え合わせれば、原告自身が本件取引の一方当事者であることが明らかであり、佳子の手形を交付したとの一事でこれを左右すべき理由はない(佳子が別に何らかの債権を被告に対してもつに至るかどうかは右判断に関係なく、仮りにこれを肯定するとしても、原告と二重に請求しうるものでないことは明白である。)。

(ロ)  他方の当事者について、被告は、被告を代表取締役とする株式会社武田園芸であると主張する。たしかに成立に争いない乙第一号証によると、登記簿上右会社の存在を知りうるが、右会社の本店所在地は被告の前記肩書住所地であり、資本金一〇〇万円で昭和四一年九月一日造園業等を目的として設立登記され、原告も取締役の一員であるほか、被告の父武田秀芳が監査役であることが認められ、原告本人尋問の結果によると、右会社は会社としての実体を備えないもので、原告は被告個人を信用して本件取引をしたことが認められ、被告本人尋問の結果によると、右会社は一年以内に倒産し、現在被告は同じ造園業を営んでいることが認められるのであり、これらの事実と、甲第一号証の一(原告本人尋問の結果で成立の真正が認められる。)。前記甲第六号証を総合して考えると、前記会社は被告の個人企業同然のもので、本件取引による資金がたとえ前記会社の事業に用いられた事実があるとしても、本件取引そのものは原告と被告個人との間に行なわれたと認めるべきである(なお最高裁判所昭和四四年二月二七日判決、民集二三巻二号五一一頁参照)。成立に争いない甲第二号証(前記訴外会社振出名義の担保手形、後述)は右認定を左右するに足りない。なお被告は本件手形が右会社あてのものであったと主張するけれども、受取人が白地であったことは、甲第三号証からみて、明らかである。

三、次に本件取引の性質、効果についてみる。

前記認定事実に、原告本人尋問の結果と甲第二号証を総合して考えると、原告は被告から融資を求められたので、被告が直ちに他から割引を受けて資金を得る目的で(融通手形)、本件手形を交付し、その支払期日の二日前である昭和四二年八月二三日に被告が原告に右手形金全額を支払って原告はこれで割引手形を決済するものとし、担保の趣旨で甲第二号証の約束手形(訴外株式会社武田園芸振出、金額一五二、〇〇〇円、支払期日昭和四二年八月二三日)を被告から原告に差入れたこと(但し原告は被告の手形を怪く考えて振込まず、被告から現金も入らないので、前記のように武田秀芳と手形を書替えた)。が認められる。

以上認定事実のもとにおいては、原被告は消費貸借の意思でその方法として原告から被告に本件手形を交付したと認めうるから、その際右手形金全額につき、弁済期を昭和四二年八月二三日とする無利息の消費貸借が原被告間に成立したと認めるのが端的であり相当であると考える。もっとも融通手形交付による融資は法的には特殊な形であるため種々問題がないわけではないが(要物性の有無、その範囲、貸主の出捐の有無、消費貸借成立時期、返済の約束が例えば資金供給契約等特殊な契約なのではないか、等)、前記のように解するとしても説明がつかないものではなく、元来民法の定める消費貸借が予想しない特殊の融資形態である場合、理論上の問題点が多少民法にそのまま合わない点があったとしても、強いて他の法理を考えなければならないものとは思われない。

ところで、前記認定事実と、成立に争いない甲第三号証によると、本件手形(書替後のもの)は受取人欄につき武田秀芳が自己の名を補充し、被裏書人白地で武田から訴外吉川忠平に裏書譲渡され、吉川が所持人として支払呈示したところ、振出人中村佳子は支払を拒絶し、前記のように手形訴訟となって佳子敗訴の判決が確定したことが認められる。

右事実が本件消費貸借に影響を及ぼすか考えてみると、手形が満期に支払われないとき、一たん成立した消費貸借がその一事で失効する(あるいは支払われたときに消費貸借が成立する)と解するのは相当でないと考える(この点につき最高裁判所昭和三九年七月七日判決、民集一八巻六号一〇四九頁は、手形金額全額につき消費貸借が成立することを判示するにとどまり、必ずしも理論上満期支払を絶対の要件とするようには解しえない。)。すなわち支払拒絶しても、前記のように判決をもって債務が確定される運命にあり(融通手形の抗弁は所持人に対し通用しない。)、その判決に従って支払うことも、執行により支払を強制されることもあるから、貸主と借主との関係が白紙に戻るとするには難がある。そして本件のように貸主が満期前に支払を受ける約束がある場合に、満期に支払わないことが、借主に対する関係で直ちに信義に反するとか、要物性が消失するとか考える必要はない。但し、所持人が当初の借主たる裏書人に遡求権を行使し、または特約により、裏書人が手形を受戻した場合は、貸主は支払をする必要がなくなるから、貸主の出捐がなくなることになり、消費貸借は失効すると解しても妨げない。しかし本件において、被告が本件手形を受戻したとの主張はない(被告本人の供述によると、武田秀芳が所持人吉川に対し元利金を少し支払ったというが明確ではなく、裏付もなく、右の程度では受戻しえないことは明白である。さらに、被告自身は本件手形に裏書をしていないので、手形法上の遡求は受けない。)。

以上要するに、本件においては、被告がまず原告に対し消費貸借債務を決済することを要し、本件手形を原告(または佳子)が支払わなければ被告が右貸金を支払わなくてよいとは認められないものである。この認定は、原告が株式会社武田園芸の取締役であったことによって、直ちに左右されない。

四、よって被告は原告に対し、一五二、〇〇〇円とこれに対する、本件訴状送達の翌日昭和四二年二月二二日以降支払いずみまで年五分の遅延損害金支払の義務があるから、原告の請求を認容し、訴訟費用、仮執行の宣言につき民事訴訟法第八九条、第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小堀勇)

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